森進一 歌声の底から魂の破片が零れ落ちる歌手

歌手 森進一さんの魅力について綴ります

豊かな作品の宝庫!阿久悠作詞の全69曲

阿久悠さんが森進一さんのために書かれた詞は何と69曲にも上るそうです。最初の曲は1971年の『悲恋』。『流れのブルース」という曲のB面でした。今回初めて聴いたのですが、もの凄く印象に残る曲で仮にA面に起用されていたとしても何の違和感もなかったはずです。この時期、森さんが歌った阿久さんの詞は全て森さんの育ての親といってもよいと思われる猪俣公章さんの作曲ですが、『悲恋』の後は、『放浪船』『波止場町』『夏子ひとり』と、印象的な作品が続き、次の『冬の旅』が売上50万枚超えのヒットとなります。阿久さんは、森さんの詞を書くことについて、「最初はやはりアウェイの仕事であった。ホームの感覚で書いた最初の作品は『冬の旅』で、次の『さらば友よ』は自信作であった。」(「歌謡曲の時代 歌もよう 人もよう」(新潮社2004年))と述べています。

 

1971年、テレビで初めて『冬の旅』を歌っている森さんを見た時、「ああ、これまでの森さんの歌とは全然違う。でもいいなぁ。森さんてこういう歌も歌えるんだ。上手いんだ。」という新鮮な感動を覚えました。デビュー曲『女のためいき』からずっと続いていた「腹の底から声を絞り出して女心を歌うハスキーボイスの男性演歌歌手」というイメージがきれいに拭い去られているように感じたのです。第一、この歌の主人公は明白に現代の若い男性ですからね。それは結果として、やがて発表される『襟裳岬』に多くの人が驚きながらもさして違和感を持たずに受け容れることができた要因の一つだったようにも思います。そして、『さらば友よ』。この曲について、阿久さんは、上記「歌謡曲の時代」の中で、

 

「一つの歌詞の中に三人の男女が登場する。

 〽この次の汽車に乗り遠くへ行くと

  あのひとの肩を抱き、あいつは言った……

と、歌い出しの2行の中に既に、あいつとあのひとと俺が出てくるというものである。」

 

と述べています。実は、この曲は、1974(昭49)年に森さんがレコード大賞と歌謡大賞を獲得した『襟裳岬』の次回作でした。『襟裳岬』は『冬の旅』と『さらば友よ』に挟まれて発売された曲だったのです。

『さらば友よ』に続く曲もやはり阿久悠作詞・猪俣公章作曲による『北航路』。この曲も私は大好きで、よく聴きます。

 〽冬に旅する女の哀れを

  あなたはきっと知らないでしょう

という静かな歌いだしで始まりますが、何度聴いても新鮮さを感じさせる曲だと思います。