森進一 歌声の底から魂の破片が零れ落ちる歌手

歌手 森進一さんの魅力について綴ります

『森進一 COMPLETE BOX』がもつ力、そして阿久悠氏が語るデビュー曲『女のためいき』

20代の昔からファンであった歌手の森進一さんについて昨今感じることが多々ありまして、そのあれやこれやについてこれから書いていきたいと思います。森さんに幾らかでも関心のある方に読んで戴けたら嬉しいです。

 

実は今年に入って森進一さんの「歌手生活45周年記念『森進一 COMPLETE BOX』」を購入しました。このBOXには森さんが1966年に『女のためいき』でデビューして以後の45年間のCDシングル盤がA面B面ともに全て収録されています。

初めに代表曲として12曲が並んでいます。01おふくろさん、02女のためいき、03命かれても、04盛り場ブルース、05花と蝶、06ひとり酒場で、07年上の女、08港町ブルース、09襟裳岬、10新宿・みなと町、11冬のリヴィエラ、12紐育物語、と森さんのファンにとっては馴染み深い曲ばかりです。ところが、私は、デビュー曲「女のためいき」が流れ出すと瞬間気が遠くなってしまいました。もう20年かそれ以上、聴いていなかった曲のせいか、18歳の森さんの若々しくも凄味のある歌声に一撃されて身体(脳?)がショックを受けたようなのです。

それから順番に聴いていったのですが、200曲余のシングルのうち聴き覚えのある歌は5分の2程度でした。B面できちんと知っていた曲は「夏子ひとり」「妹よ」くらいだったでしょうか。でも、B面を含めたほぼ全ての曲が私にはとてもとても魅力的で、その日から完全にこのBOXに、つまり森さんの歌声に心を奪われてしまいました。

これまでも好きな歌手の名を訊かれればいつも「森進一」と判を押したように答えてきたのですが、漠然と自分が抱いていた森進一の世界が曲を聴く毎に豊かに大きく膨らんでいき、収拾がつかない気分に陥ってしまいました。

自宅で家事をしながら、買物に行く道すがら、湯船に浸かりながら、毎日森さんの歌を聴いていたのですが、そのうち歌手・森進一についてこれまで人が具体的にどのようなことを語ってきたのか、とても気になってきました。もちろん、長い間にはテレビや雑誌や新聞の書評欄などで森さんの歌について述べられた言葉は折に触れて目にしてきてはいたのですが、もうそれだけでは我慢できなくなってきたのです。多分、新たに聴いたB面の曲の数々によって森進一という歌手が抱えている世界の更なる底深さを知ってしまったと感じたことが大きかったようです。そこで、公立図書館や古書店で歌謡曲や演歌について書かれた書籍を探し出し、あれこれ読んでみると、森さんについて書かれた文章は質量ともに想像以上に豊富で、その内容に感動したり、刺激を受けることが数々ありました。これからそれらについて紹介旁、自分の感じたことをも書いていきます。

 

まずは、最も直近に読んだ作詞家の阿久悠さんの文章です。「愛すべき名歌たち -私的歌謡曲史-」では、阿久さんが森さんのデビュー曲『女のためいき』を初めて聴いたときの印象が当時の世相を背景に描かれています。当時、阿久さんは多忙な放送作家で、その仕事にやや疲れ、飽きてもいた時期だったそうですが、以下にその文章を引用します。

 

「 森進一が『女のためいき』でデビューしたのが、昭和41年6月20日、その9日あとに、あのザ・ビートルズが来日して、首都はあたかも騒乱状態になるのだが、このことに直接の関連はない。

 あるとするなら、時代はグループサウンズからフォークソング・ブーム、ついにはご本家ザ・ビートルズまでやって来るということで、明らかにポップス志向、演歌にとっては逆風の最中になっていたことは確かである。

 

 〽死んでもお前を はなしはしない

  そんな男の 約束を

  嘘と知らずに 信じてた ああ

  夜が 夜が 夜が泣いてる

  ああ 女のためいき……

 

 この歌を最初に耳にしたのは、深夜のラジオである。半睡状態でタクシーに乗っていたので、誰の、何という歌かもわからずに、いきなり、〽死んでもお前を……という、おぞましいとも思える声の響きに目を覚ました。「誰? これ?」と運転手に慌てて尋ねたが、彼もぼんやりしていたのか、「さあ」と答えただけだった。

………(略)………

 それはそれとして、森進一の「女のためいき」は、チラチラと漂い始めた幸福感のようなものに、冷水を浴びせるような衝撃があった。日本という国が無理して振る舞っている明るさに、暗いところから呼びかけられた気がした。

 タクシーの中では、歌手名も曲名もわからなかったが、やがて知ると、ぼくは、レコードを買った。気取っていたわけではないが、モダンジャズソウルミュージック以外のレコードを買うことは珍しかった。

 そして、何度も聴いた。聴けば聴くほど、正体を知りたくなる歌である。一体、この声と歌唱法は、誰に似ているのだろうと考える。日本の歌手にはいない。

 突飛な考えだが、黒人歌手ではないかとさえ思う。ルイ・アームストロング、「泣き男」のジョニー・レイとも違う。さて、誰か。

 結局、森進一の歌が最も近いのは、「ハーレム・ノクターン」などで知られるテナーサックスのサム・テーラーの演奏であると気づいて、落ち着いた。森進一の詞を書くのは、まだ先のことである。 」(「愛すべき名歌たち -私的歌謡曲史-」(岩波書店1999年))

 

阿久さんは本当に耳が研ぎ澄まされた方なのだと思います。そう言われてサム・テーラーの演奏(曲は『盛り場ブルース』でした)を聴いてみると、素人目にもこのテナーサックスの音色と森さんの歌声とは異質であるとは感じられない、どこか似通っているように思えます。

さて上記の阿久さんの文章は、森さんのデビューがビートルズ来日の9日前だったこと、世はポップス志向、演歌にとっては逆風の最中にあったことなど当時の世相も含めて私には興味深かったです。それから、巷間「森進一は曲に恵まれている」という声を聞くことがありますが、森さん特有の声や表現力が作詞家や作曲家など曲の作り手側の関心を惹くのだということも、阿久さんの上記の文章からそこはかとなく読み取れるように思います。